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広島高等裁判所 昭和22年(ツ)1号 判決

上告人 申立人・控訴人 石田すみ子 福本信一

代理人 太田英雄

復代理人 角田好男

被上告人 被申立人・被控訴人 河西仲藏

代理人 山下勉一

主文

原判決を破毀して本件を鳥取地方裁判所に差戻す。

理由

本件上告理由は上告代理人提出に係る末尾添付の上告理由書副本に記載してある通りであるからこれに對して當裁判所は次のように判斷する。

原判文を通讀すれば、原審は上告人石田すみ子が昭和二十一年十一月十一日本件土地につき同上告人が賃借權を有すと主張し、その權利保全のため鳥取地方裁判所に對し被上告人に對する土地立入禁止の假處分命令を申請し、同裁判所は同日被上告人が右土地に耕作のため立入ることを禁止する旨の假處分(第一次の假處分)をしたところ、被上告人もまた同月十八日本件土地につき被上告人が賃借權を有すと主張しその權利保全のため鳥取區裁判所に對し上告人兩名に對する右土地への立入禁止の假處分命令を申請し、同裁判所は同日上告人兩名が本件土地に耕作のため立入ることを禁止する旨の假處分(第二次の假處分)をした事實について、右第二次の假處分を有効であると認定し、その理由として「元來假處分は、本案判決の執行を保全することを目的とする手續であつて、所謂實體的確定力を生ずるものでないから、假處分の爲された後同一係爭物について更に假處分を爲すも、直ちに之を違法であると謂ひ得ないと共に第二の假處分を以て第一の假處分の効力を阻却することができないことも亦勿論であると謂ふべきのみならず、假處分はその性質上、その處分に係る係爭物について雙方の權利の行使を停止すべきを常とするものである。飜つて、上告人石田すみ子の申請に基いて爲された前記第一の假處分を觀るに右假處分は本件土地に對して同上告人の主張する權利の執行を保全する爲め被上告人をして該土地に耕作の爲め立入ることを禁止したに過ぎないものであつて、進んで上告人等をしてその主張する權利關係について假の地位を與へ上告人等の耕作を許容したものでない。從つて、被上告人の本件假處分申請を容れ、上告人等の本件土地に對する立入を禁止するも、前記第一の假處分の趣旨と毫も牴觸するものでなくその執行にも支障がない。たとえ右兩者の假處分の爲めに、當事者雙方が何れも本件土地を耕作し得ない結果を來すともは寧ろ保全手續である假處分の本來の趣旨に合致するものと謂ふの外はない」と説示している。

しかしながら、同一當事者間において同一係爭物につき假處分の競合がある場合、第二次假處分の申請が第一次假處分命令を廢止變更し、もしくはその執行處分を除却することを目的としてなされた場合、または第一次假處分の被申請人が第一次假處分の内容に牴觸する第二次假處分を求めるものであるときは、たとえ第二次假處分の申請人が別に本案訴訟を提起しその保全手段として第二次假處分を申請した場合であつても、その第二次假處分命令は違法であることは勿論である。而して、かかる違法性があるか否かは單に假處分の主文の表示のみによつてたやすく判斷すべきではなく、主文並にこれと密接の關係がある假處分の理由及び申請人の申請理由等について深く檢討してこれを決すべきものである。

今本件において上告人等が主張するが如く、第一次假處分命令の内容が申請人である上告人石田すみ子の係爭土地に對する賃借權を認め同上告人がこれを占有し耕作することのできる權利を保全せんとする趣旨の下にその妨害排除のために被上告人の同土地への立入禁止を命じたものであつて、第二次假處分命令がその申請人である被上告人の同一土地に對する賃借權を認め、被上告人がこれを占有し耕作することのできる權利を保全する趣旨のものであるならば、第二次假處分は第一次假處分の内容に牴觸し特段の事情のない限り、たとえ被上告人が別に本案訴訟を提起した場合でも、第二次假處分申請は第一次假處分命令を廢止變更するか、または第一次假處分命令に基く執行を除却せんとする目的の下になされたものであると解されないことはない。而してかかる第二次假處分が違法であつて許すべきものでないことは、前段述べた通りである。

しかるに、原審はこれ等の點について深く審理判斷を示すことなく、單に本件二個の假處分命令の主文の表示のみを比較し、これによつてたやすく第二次假處分は第一次假處分の趣旨と何等牴觸するものでないと速斷し上告人等に不利益な判斷を與へたものであるから、原判決はこの點において審理不盡もしくは理由不備の違法があり破毀を免がれない。

よつて本件上告を理由ありとし民事訴訟法第四百七條第一項に則り主文のように判決する。

(裁判長判事 小山慶作 判事 横山正忠 判事 和田邦康)

代理人太田英雄上告理由書

原判決は要するに田地立入禁止の假處分の相手方は同一の田地に對して逆に假處分權利者の立入禁止の假處分を爲し得ると謂ふに歸著するのであるが上告人は此の判決が果して法律上正當であるか否か最後の御裁定を仰ぎ將來法律事務の一指針としたい。

係爭の田地を誰が占有してゐたか、又誰が耕作してゐたか、又上告人が耕作權の贈與を受けたかといふことは本案で決定される問題であり上告人の申請に依つて許された立入禁止の假處分(以下先の假處分と稱する)では之を許容するに足る疏明があつて許されてゐるのである。成程先の假處分では相手方即ち被上告人の立入を禁止する主文になつてゐる。原判決は上告人石田すみ子に耕作せしめるといふ假の地位を定める假處分でないから、更に相手方が後に假處分によつて上告人の立入を禁止しても差支へない。之が爲事ある當事者雙方が田地に立入ることができず從つて耕作ができない結果を招いても止むを得ないところである。と斯う謂つてゐる。上告人はこれでよいであらうかと思ふ。法律生活は空理空論ではない人間の實生活と遊離した理論遊戯ならそれでよいかも知れない。しかし凡そ實生活の常識を離れた法律生活は無意義である。上告人が立入禁止の假處分の申請をしたのは被上告人先代岩松と被上告人が別暮しをし田地も區別して耕作してゐた。上告人すみ子は被上告人先代から死後の佛祭りを托され係爭田地の贈與を受けた。自ら占有耕作してゐるものであるから贈與の意志表示と同時に意志表示による占有の移轉を受けた。然るに被上告人は法律上被上告人先代の死亡に由つて家督相續をしたから本件田地も自分に耕作權があるといつて暴力で耕作を妨げるから上告人石田は被上告人に立入禁止の假處分を申請しこれが許されたものである。斯様な假處分が許容された以上上告人石田が本案判決で權利關係が確定するまで相手方の妨害を受けないで耕作できることになつたと信ずることに無理があるであらうか。恐らく人間十人が十人まで左様に思うであらう。さすればこの假處分の趣旨も耕作の妨害をする被上告人の立入を禁止して上告人石田をして假に安全に耕作せしめると謂ふ趣旨で爲されたものであることを否定することは實際と遊離する議論であるとせねばなるまい。果してそうだとするなれば此の立入を禁止せられた被上告人が自分が占有したといふ事實を構造(上告人等は事實の構造であることを神明に誓ふことが出來る)して反對に上告人等の立入を禁止することが許されるであらうか。之を許されるとするならば國家は右の手で與へて左の手で奪ひ右の手で奪ひ左の手で與へるに似た相反する二樣の意志表示をするものである。こんな矛盾した意志表示が國家にあり得る理由がないと信ずるのみならず係爭當事者双方が田地に立入り耕作することができなくてもそれは法制上やむを得ないとの原審理論は人類の經濟生活から遊離したものであつて斯様な法の解釋をなすべきでなく法の精神が左様なものでないことは多くを論ずるまでもなく明白なことである。

以上の様な理由で上告人は本件に於て先に爲された假處分命令と後に爲された假處分命令は相容れないもので法律上許容せられないものであるに原審が後の假處分命令を認可したのは違法であると信ずるのでその破毀を求める次第である。

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